名古屋地方裁判所 昭和50年(行ウ)20号 判決 1977年7月22日
原告 橋元幸平
被告 中川税務署長
訴訟代理人 岸本隆男 下畑治展 ほか三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一申立
(原告)
被告が原告の昭和四六年分の所得税につき昭和四八年三月九日付でなした更正処分(但し昭和四八年七月一八日付異議決定による一部取消後のもの)は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
(被告)
主文と同旨の判決。
第二主張
(原告)
請求原因
一 原告は、遊戯場(パチンコ店)を経営するものであるが、昭和四六年分の所得税について、法定申告期限内に別紙(一)「課税経過表の確定申告欄記載のとおり被告に対し確定申告をし、ついで昭和四七年三月三一日同表修正申告欄記載のとおり修正申告をした。
二 被告は、昭和四八年三月九日付で同表更正欄記載のとおり更正及び過少申告加算税の賦課決定をした。
三 原告は、同年四月一八日付で被告に対し右各処分について異議申立をしたところ、被告は同年七月一七日付で右各処分の一部を取消す決定をしたので、その異議決定後の処分の内容は同表異議決定欄記載のとおりとなつた。
四 原告は、右異議決定後の前記処分について、同年八月八日付をもつて国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五〇年三月七日に更正処分に対する審査請求を棄却し、過少申告加算税賦課決定処分の一部を取消し、これを一四万八、〇〇〇円とする裁決をし、右裁決書の謄本は同月一五日付書面をもつて通知され、同月二〇日原告に送達された。
五 しかし、被告のなした前記更正処分(異議決定後のもの)は、原告が名古屋市から支払われた営業補償金による所得を、臨時所得と認めないでなされた点において違法である。
よつて、その取消を求める。
(被告)
請求原因に対する認否
請求原因一ないし四の事実は認め、同五の事実は争う。
本件更正処分の適法性について
一 本件営業補償の原因
原告は、名古屋市港区浜一丁目一〇八番の宅地のうち四七六・〇二平方メートルを賃借し、その地上に木造瓦葺二階建店舗等七四〇・四二平方メートルを所有し、パチンコ店を営んでいた。
名古屋市は、都市計画事業の用地として、地主から右借地の一部を買収し、原告に対してその地上物件の移転を求めることになり、原告との間に、昭和四六年九月二七日補償金を三四、〇七一、三〇〇円とする右建物の一部の移転契約を締結し、原告は名古屋市から右金員の支払を受けた。
右補償金の内訳は別紙(二)「補償金等明細書」のとおりであり、そのうち営業補償金は二六、五一四、五〇〇円である。
二 本件営業補償金の算定根拠
本件営業補償金の算定は、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日閣議決定)、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」第一(昭和三七年六月二九日閣議了解)、名古屋市の公共用地取得に伴う損失補償基準(昭和三九年四月一日同市土木局長通達)、同細則(同日同局長通達)の定めに従つてなされたものであるが、右補償基準によれば、営業補償としては、営業廃止の補償、営業休止の補償、及び営業規模縮少の補償の三種類が規定されており、名古屋市は原告との補償交渉の結果、原告の場合については従前の営業機能が維持できるとの判断から、本件物件の移転に係る営業補償を営業休止の補償に該当するものと認定した。
そして、通常休業を必要とする期間は、前記細則第二〇において「各移転工法別の建物等の工事期間に前後の準備期間を加えた期間とし、通常の木造建物の場合は、曳家工法に二か月、移転工法においては四か月を標準とし、耐火建築又は構造の複雑な建物、規模の大きな建物等は移転期間の長いものにあつてはその実情に応じて定める。」旨規定しているので、名古屋市においては、本件の場合、通常休業を必要とする期間すなわち旧建物を改造する期間という見方をし、改造工法により旧建物を改造するために要する期間を四か月と認定した。
ところで、名古屋市の取扱いとしては、営業補償金を積算するための基礎資料として個人の場合、通常所轄税務所長に提出された確定申告書の写しで税務署の受付印があるものの提出を求めることにしているが、本件においても、原告から提出された所得税の確定申告書によつて補償金の算定をしたところ、原告の要求額とはおよそ著しい懸隔の差があつた。そこで、原告に他の資料を提出するよう指導をしたところ、原告から税理士奥谷吉助の署名押印ある昭和四五年一月一日から同年一〇月三一日までの「営業決算調書」と題する書面が提出された。これによれば、昭和四五年一月一日から同年一〇月三一日までの一〇か月間の営業利益は三四、四五五、〇七〇円、同期間の支払給料二一、八九一、八五〇円、同じく同期間の固定経費は五、七〇四、四〇〇円と計算されている。
右資料を基礎にし、前記各基準に基づく積算方式により、本件営業補償を算定すると次のとおりである。
(一) 固定経費 二、二八一、七〇〇円(五、七〇四、四〇〇円×1/10×四か月)
(二) 休業補償 一三、七八二、〇〇〇円(三四、四五五、〇七〇円×1/10×四か月)
(三) 得意喪失補償 三、四四五、五〇〇円(三四、四五五、〇七〇円×1/10×一か月)
(四) 給料補償 七、〇〇五、三〇〇円(二一、八九一、八五〇円×1/10×〇・八×四か月)
以上のとおりで、本件営業補償金の「補償期間」は四か月である。
三 本件営業補償金にかかる所得が臨時所得に該当しない理由本件営業補償金は、その補償期間が四か月であるから、その所得は所得税法二条一項二四号、同法施行令八条三号所定「当該休止により当該業務に係る三年以上の期間の事業所得の補償として受ける補償金に係る所得」に該当せず、臨時所得となりえないものである。
この点につき、原告は、本件営業補償金額を申告所得額で除した商の数値のみに着目して、補償期間が二年以内の期間でないと主張しているが、全く根拠がない。
四 本件事業所得金額の算定根拠
(一) 収入金額 二二、五七二、九六二円
本件営業補償金二六、五一四、五〇〇円は、所得税法施行令(昭和四八年政令五三号による改正前のもの)九四条二号の「当該業務の全部……の休止……により当該業務の収益の補償として取得する補償金………」に該当するもので、事業所得の収入金額とされるべきものであるが、本件においては、原告は本件建物の一部を取りこわしたので、被告は「租税特別措置法(山林所得、譲渡所得関係)の取扱について」と題する昭和四六年八月二六日付国税庁長官通達三三-一一により、建物等の対価補償金が建物等の再取得価額に満たない金額三、九四一、五三八円を建物の対価補償金と認定し、これを収入金額算定にあたり、本件営業補償金額から控除した。これにより営業補償金中事業所得の収入金額に算入される金額は、前記のとおりとなる。
(二) 必要経費 六、四二〇、八六九円
右収入金額に対応する必要経費(パチンコ機械の除却損)である。
(三) 事業所得 一六、一五二、〇九三円
右(一)から右(二)を控除した金額である。
以上の計算過程を示せば別紙(三)のとおりである。
五 その他の所得額、税額等は別紙(一)「課税経過表」に記載のとおりであるから、本件処分は適法である。
(原告)
被告の主張に対する認否および反論
被告主張一の事実は認め、同二の事実は認めるが、本件補償の対象期間が四か月であるとする被告の認定を争い、同三の主張を争い、同四、五については計算の方法は争わず、本件営業補償金による所得が臨時所得に該当しないならば、所得金額、税額の計算が被告主張のとおりであることを認める。
原告が名古屋市に提出した「営業決算調書」は、原告の要求していた総額三、五〇〇万円の補償額に合致するよう各勘定科目の金額を創作して作成したもので、その奥書は名古屋市の担当者の示した文案のとおりに奥谷税理士が記入して形式を整えたにすぎない。従つてその記載は実額を示すものではない。
本件補償金が原告の前記店舗における二年以内の期間の営業損失に対する補償ではありえないことは、原告の右店舗における営業所得の申告を受理している被告において十分明らかなことである。
本件においては本件営業補償金が所得税法施行令八条三号に定める補償金に該当するか否かが唯一の争点であるが、課税庁は収用等を行なう者の立場で補償金の査定をするわけではなく、支払われた補償金の実質に対して課税すべきである。従つて、本件営業補償金が「三年以上の期間の事業所得の補償」にあたるか否かについても、支払者側における計算方法がどのようなものであつたかにかかわらず、納税者の営業の実態に即して実質的に判断されるべきである。そして、これを判定する資料はその納税者の過去の実績以外にありえない。
原告の昭和四四年分申告所得額二二〇万円余、昭和四五年分七〇〇万円余、昭和四六年分六三〇万円であり、被告はこの確定申告額を容認していること、本件工事によつて原告のパチンコ店営業は営業機三一六台中六〇台を減少したものであることに照らせば、本件補償金を実質的に営業補償金と認定する以上、それが原告の「三年以上の期間の事業所得の補償」であることは明らかである。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因一ないし四の事実及び被告主張の一、二、四、五の事実は、本件営業補償金の補償期間を四か月と認めるか否かの点を除き、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件移転工事の結果原告の営業はパチンコ機械三一六台中六〇台の減少をきたしたから本件営業補償金の補償期間は三年以上のものであると主張するのであるが、<証拠省略>の結果によれば、本件移転交渉において、原告は当初パチンコ機械六〇台の減少については一〇年間分の営業補償を要求していたところ、名古屋市としてはその準拠する補償基準では補償期間は最高でも二年間であるから原告の要求するような長期間の補償には応じることができない旨を明示し、さらに交渉を重ねた結果、原告所有の建物は一部(約二〇坪)除却を要するものの、その移転工法として、従来平家一部二階建であつたものを総二階に改造する工法をとることにより、工事後も従来の営業規模を維持することができるので、名古屋市は右改造工法に基づき本件営業補償金を算出したもので、本件営業補償金は全額が営業休止の補償金であつて、営業規模縮少の補償金を含まないこと、原告も本件営業補償金を右趣旨の補償金であると承知して最終合意に達したことが認められる。従つて、営業規模縮少を前提とする原告の主張は理由がない。
二 また、原告は、原告の前年の確定申告所得額を基準にすれば、本件営業補償金は数年分の補償に相当すると主張する。しかし、もともと本件営業補償金の算定においては、原告の要望に従つて右申告所得額は算定資料として全く使用されていない。そして、証人奥谷吉助、同山田保の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が被告に提出した「営業決算調書」と題する書面の記載内容は、原告が補償金獲得の目的で原告に有利な金額を記載したもので、原告の営業の実績を正確に示すものではないが、独自の調査権をもたない名古屋市においては右記載を適正なものと認め、これを補償金の算定資料としたこと、補償期間については、名古屋市は、前記補償基準では木造建物の移転の場合は四か月を標準とするので、原告所有の建物の移転(改造)についても原告の営業を四か月間休業することが必要であると認定し、右算定資料に基づき右休業期間の原告の営業損失の補償金として本件営業補償金を算定支出したことが認められる。そして、前記認定の本件改造工事の規模、程度に照らせば、休業期間を四か月とする名古屋市の認定は不合理ではないし、前記認定の名古屋市と原告との交渉経過、前記補償基準の内容、本件改造工事に通常必要とする期間、名古屋市の右認定に基づいて算出された補償金額を原告が承諾した事実に照らせば、原告と名古屋市との間の契約としても、本件営業補償金は四か月間の営業補償として授受されたものとして認めるのが相当である。
以上の事実が認められるのであるから、原告の確定申告所得額を基準として本件補償期間を逆算してみても意味のないことであり、これによつて本件補償期間が伸縮さるべきものではない。
なお、本件においては、前示のとおり、前記「営業決算調書」のみを算定資料とされているため、補償金額が過大である疑いはある。しかし、それは、補償期間が右のとおりである以上、単位期間当りの補償金額が最大であるというにとどまる。
そして、前記認定のとおり、本件営業補償金は全額が営業休止の補償金であつて、他の特別の補償金を含まないのであるから、課税手続の上において、本件営業補償金を他の種別の補償金に組み替える余地はない。従つて、課税庁としては、本件営業補償金額の多寡を問題とするには及ばず、補償金の算定基礎とされている補償期間をそのまま所得の期間と認めて課税すれば足りるのである。
三 所得税法二条一項二四号、同法施行令(昭和四八年政令五三号による改正前のもの)八条三号によれば「一定の場所における業務の全部又は一部を休止し、転換し又は廃止することとなつた者が、当該休止、転換又は廃止により当該業務に係る三年以上の期間の不動産所得、事業所得又は雑所得として受ける補償金に係る所得」は臨時所得とされるが、本件営業補償金がこれに該当しないことは明らかである。そして、同令九四条によれば、右補償金は事業所得に係る収入金額とされる。右補償金が臨時所得に当らない以上、本件課税標準、税額算定が被告主張のとおりであることは原告の認めるところである。
四 以上の事実によれば、本件処分は適法であり、原告の主張は理由がない。
よつて、本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判官 藤井俊彦 窪田季夫 山川悦男)
別紙(一)
課税経過表
項目
(年月日)
確定申告
(四七・三・一五)
修正申告
(四七・三・二一)
更正処分
(四八・三・九)
異議決定後の金額
(四八・七・一七)
審査裁決
(五〇・三・七)
総所得金額
二二、八九八、六〇五
二三、六六三、七三三
四一、八〇一、七八三
二四、一七二、一八三
同上
内訳・不動産所得
一、七三四、一四〇
一、七三四、一四〇
一、七三四、一四〇
一、一七二、一四〇
〃
事業所得
一六、一五二、〇九三
一六、一五二、〇九三
三三、七八一、六九三
一六、一五二、〇九三
〃
給与所得
五、七七七、五〇〇
五、七七七、五〇〇
五、七七七、五〇〇
五、七七七、五〇〇
〃
利子所得
△七六五、一二八
二〇、四八〇
二〇、四八〇
〃
雑所得
四八七、九七〇
四八七、九七〇
〃
長期譲渡所得
一三、二〇七、四八〇
一三、二〇七、四八〇
一三、二〇七、四八〇
一三、二〇七、四八〇
〃
申告により納付
すべき税額
四、九二七、三〇〇
八、一〇三、六〇〇
二一、七七〇、八〇〇
二一、七七〇、八〇〇
〃
予定納税額
六一六、四〇〇
六一六、四〇〇
六一六、四〇〇
六一六、四〇〇
〃
納付すべき所得税額
四、三一〇、九〇〇
七、四八七、二〇〇
二一、一五四、四〇〇
二一、一五四、四〇〇
〃
更正により納付
すべき税額
一三、六六七、二〇〇
一三、六六七、二〇〇
〃
過少申告加算税額
一五八、八〇〇
六八三、三〇〇
六八三、三〇〇
一四八、〇〇〇
別紙(二)
補償金等明細表
補償の種類
数量
補償金額
1 建物等移転補償
一五八・四〇m2
六、六三三、一〇〇円
2 工作物移転補償
一式
六八六、九〇〇円
3 営業補償
一式
二六、五一四、五〇〇円
4 動産補償
一式
四四、四〇〇円
5 その他
一式
一九二、四〇〇円
6 合計
三四、〇七一、三〇〇円
別紙(三)
(1) 6,633,100円(建物等移転補償金)+686,900円(工作物移転補償)= 7,320,000円
(2) 7,320,000円(建物等の対価補償金)×100/65(木造)= 11,261,538円(建物等の再取得価額)
(3) 11,261,538円-7,320,000円 = 3,941,538円(対価補償金としての繰入限度額)
(4) 26,514,500円(営業補償金)-3,941,538円 = 22,572,962円(事業所得としての収入金額)
(5) 22,572,962円-6,420,869円(パチンコ機械の除却損)= 16,152,093円